蜀への道のりは楽なものではない。

険しい山の断崖に架かる細い桟道を通り山を越えて行くか、長江を遡るか。
そのどっちかしか交通の手段がなかったのだ。

普通の人間ならばこのどちらかを行き苦労して蜀に辿り着くのだが、達は違う。

地を行くのではなく、天を行くのだ。





「蜀に着いたらちゃんと呼び出してよ?は忘れっぽいんだからさ。」

「はいはい、わかってますよ。着いたらちゃーんと呼び出しますから。」




暫く山の上から長江を眺めていたは来斗の肩をポンと叩いて、
荷物を体に巻きつけた。
ちなみに荷物はというとお金と武器と食料のみ。
他の持ち物や衣類等は飛ぶ時に邪魔になるので全て来斗に渡した。



「よし、これでいつでも飛べる。」

は身軽でいいね。」

「来斗は神の端くれなんだからそれくらい大丈夫でしょ?」

「まぁそうだけど…。」



はぁ、と溜息をついて「その耳飾りの中キツイんだもん。」と来斗は拗ねた。

耳飾りとは黒曜石で作られたひし形のもので、
その中は異空間が広がっていおり来斗のちょっとした部屋みたいなものだった。
馬が100頭ほど入るくらいの空間らしいが、居心地の良いところではないらしい。

来斗はが空を飛ぶ時や眠たい時にこの中に入るようにしているのだが、
結局は外で寝ることが多かった。

理由は寝台が硬すぎる、らしい。
にとってはその空間に寝台があるということが衝撃だったのだが、
今では空間内のことなんてどうでもいい事である。









「あ。」



来斗は黒く光る耳飾りに触れて思い出したように呟いた。



「着地、怪我しないように気をつけてね。」

「……多分気をつける。」

「ならいいけど。じゃ、また後で。」



来斗はフッと微笑むと、スーッと耳飾りの中へと消えて行った。






「気をつけろって言われてもね…。」



苦笑を少し漏らすとは全神経を集中させて目を閉じた。
目を閉じだまま歩き断崖へと向かう。



「(どうか、失敗しませんように。)」



そして断崖から身を落とした瞬間、空に1羽の鶴が羽ばたいて行った。


























その頃、蜀を治める劉備はというと廊下を行ったり来たりの繰り返しだった。
時々空を見上げたりするが、暫く見た後は肩を落としてまた廊下を行ったり来たり。

その様子を見て心配になった女官が「椅子に腰かけてはどうです?」と言ったが、
丁寧に拒否されるだけだった。




「(今日があの日より3年たった日…は本当に来るのだろうか?)」

「殿、誰を待っておられるのです?」

「こ、孔明!!」

「落ち着きがないようだったので…。」



諸葛亮は羽扇を口元へ持っていくと劉備の隣へとやってきた。
これは何か考えている時の癖である。
変に聞き出される前に心内を話すべきだろうと劉備は思ったが、
なんと言えばいいのだろう。

ううむ、と少し考えて髭に手をあてた。




















「徒兄上、今日こそは許しませんよ!!!!!!!」

「すまん岱、許せ!!!!!!!!」




一方、城内の日当たりのいい庭では銀髪の男2人が追いかけっこをしていた。
女官や文官などはもうそれに慣れているのか、苦笑して見つめている。

この2人があの錦馬超と馬岱である。

徒弟である馬岱はいつも執務をこなさない馬超を追いかけているのだが、
最終的にまんまと逃げられるのだった。

だが今日こそは逃げ切れそうにもない。
なんたって5日もの執務を溜め込んだのだから。



「観念してください!!」

「俺にあの仕事は無理だ!!」

「それでは錦馬超の名が泣きますよ!!」

「…でも無理だ!!」



馬超は廊下の屋根に跳び乗ると、馬岱が悔しそうな顔をして見ているのに気がついた。
馬岱は軽装ではなく重装をしていたため、安易には廊下の屋根に上がれなかったのだ。

眉間に皺を寄せている馬岱をにやにやしながら眺める。



「残念だったな、岱?」

「運が悪いだけです。」

「運も実力のうちと言うが?」

「……はぁ、参りましたよ。」



馬岱はキッと馬超を睨みつけて空を見た。
空には1羽、鶴が飛んでいた。



「…どうした岱?」

「いえ…鶴だなんて珍しいなと思って。」



馬超も馬岱と同じ空を見つめ、その鶴を探した。
鶴は太陽の光を受け優雅に空を泳いでいる。

白い翼がだんだんくっきり見え出した。
こちらに飛んできていると思ったのだが、どうやら違う。

鶴はこちらに向かって落ちてきていた。



「ん?あの鶴こっちに落ちてくるぞ?」

「徒兄上、受け止めますか?」

「鶴は縁起がいいからな。助けたら何か福がやってくるかもしれんぞ。」

「全く……?!」



馬岱が呆れて鶴を見た時には、鶴の姿は無かった。
代わりに姿を見せたのは灰色の塊。

灰色の塊は途中ボンと膨らみ、その中から人らしきものがでて来る。
それと同時にすごい勢いで落ちていたのが減速し、
馬超の真上からフワフワと落ちてきた。

馬超は目を凝らして人らしきものを見る。



「おい、岱。あれ女だぞ?」

「え?!」



馬岱も目を凝らして見てみた。
服装からして女だ。
栗色の髪は長く1つにまとめている。

女はじたばたしていたが今度は下を向いてこちらに叫んだ。



「助けてほしいんだけど!!」

「あ、ああ。」



馬超はふわりふわりと降りてきた女をそっと抱きとめると、
そっと屋根に降ろした。
馬岱も無言でその様子を見ている。


女は手に絡まった灰色の布を素早く解くと、それを体に巻きつけた。
そして呆然としている馬超と馬岱を見て慌てて礼した。



「助けていただき、本当に感謝する。どうも着地は苦手なんだ。」



あはは、と苦笑する女。
そして女は廊下の屋根からすとん、と降りて馬岱に林檎を2つ渡した。



「お礼。その林檎美味しいと思うから。もちろん毒なんて盛ってないからね。」

「あの…。」

「あ、私は。ちょっと用事があるので失礼。」



女はひらひらと手を振って、素早く駆けて行った。
馬岱は手のひらに乗っている真っ赤な林檎を見てから、ふと馬超を見上げた。
いきなりの出来事にただ呆然との去って行った方向を見続けている。
そしてボソリと馬超は呟く。



「俺は夢を見てるのか?」

「いや見てませんが…このまま城内に逃がして良かったのでしょうか?」

「……。」

「一応侵入者、ですよね?」



しかも鶴に化け、空からやってきた女。
もしかしたら物の怪の類かもしれない。



「…岱、追うぞ!」

「その前に林檎、いります?美味しいですよ。」

「お前のん気だな…。でもいただいておく。」





馬超は馬岱から1つ林檎を受け取ると、ひと齧りしての去った後を追った。
















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アトガキ

ヒロイン、鶴に化けれます!汗
…謎が多いヒロインです。笑
今後ヒロインの過去話も出して行きたいと思っています。
そしてオリキャラ来斗についても。
(どこかにイメージ図を隠しておこうかな….)

そして、気付けばもう正月です。
まだまだ未熟ですが頑張って書いて&学んでいこうと思います^^
それでは。
(2007.1.1)